聖水 (文春文庫)
諫早湾をとりまく4つの話が、淡々と綴られる。時折現れる、装丁写真とは対極の澱むような物質の描写が、かえって心の美しさ、静かな悲しさ、清々しさを自然に際立たせる。遠藤周作の「沈黙」読後に感じた不安と安堵の混交が自然とよみがえってくるが、それはキリシタン迫害の歴史を共通項にしてのことだけではないだろう。皮相的/模範的な宗教性と距離をおきながら、信頼と裏切り、心の翳り、そういった根源的テーマに深く沈んでゆく、不安定でアグノスティックな視界ゆえではないかと思う。情緒感動をむやみにくすぐる、「売れ筋」類の小説に倦んだ方に奨めたい。
爆心 (文春文庫)
本作は青来有一氏による谷崎潤一郎賞及び伊藤整文学賞を受賞した短編集である。
「長崎原爆」と「キリシタン」という2つの共通したモチーフを背景にし、現在を生きる主人公達を描く。
個人的に最も深く心に残ったのは「虫」である。
直接被爆した主人公は、心身共に深い傷を負いながらもなんとか立ち直る。
しかし自らが負った傷の為にまた傷つき、さらには人をも傷つけてしまう。
そして人を傷つけてしまったことに、また傷ついてしまう。
そんな傷の連鎖の中、主人公が犯すたった一度の過ちは、さらに深い傷であると同時に唯一の救いとなり得たのだろうか。
また、本書の中で唯一異色とも思えたのは「蜜」である。
他の作品と背景を同じくしつつも、語り手はそれらをまるで「他人事」として遠まきに見ているのである。
本編の主人公は不謹慎な女性であることは間違いない。
しかし彼女こそが読み手である我々に最も近い存在ではないだろうか。
ある意味、最も考えさせられた一編である。
本来、九州の方言は、活字にすると陽気な明るさを持つことが多い。
しかし本作の語り手達がつむぎ出す言葉は、素朴な暖かみを醸し出しつつも、心に冷たく重く染み入るようだった。
それは、語り手達が決して強い人間ではなかったからかも知れない。
本書を通じて「戦争反対」という直接のメッセージはなかった。
ただ弱い人間が傷つき、その傷の先で起こった出来事を、淡々と書き綴ったフィクションである。
過去の記憶を未来へと送り続ける新しい手段として、是非読まれ続けてほしい作品。
爆心
これぞ小説!! と言わしめる短編集です。
登場人物はそれぞれまったく異なりますが、その根底に流れるのは
長崎原爆とキリシタン(過去の弾圧の経緯)が人々にもたらした「痛み」。
それが押しけではなく、ふわりと頬を撫でていく風のように、かすかな、
しかしいつまでもその余韻を感じる、そんな仕上がりになっています。
著者の以前の作品と比べて読み易い文体で、硬質な印象もなく、ポツポツ
と紡ぎだされたお話という感じでした。
信仰を持つが故の苦しみというものも感じられました。
素晴らしい作品だと思います。