あかね空 (文春文庫)
ある夏の暑い日に、江戸深川の長屋に京都から豆腐職人の大きな男がやってきた。京都南禅寺近くの老舗で仕込まれた上品でおいしい豆腐だが、江戸の固い木綿豆腐を食べ慣れた庶民の口には合わない。
そんな栄吉をいつも明るく支える桶屋の娘おふみ。二人は結婚し、やがて子どもが三人できる。小気味よいテンポで展開し、主人公は栄吉・おふみから、息子たちに移っていく。深川の料理屋の女将、寺の僧侶、同業者の豆腐職人、商売敵、長屋の住人、賭場の親分、鳶職の頭など、脇役人も充実している。江戸深川の人情を描ききっている。
二部構成になっていて、一部での出来事を、二部で子ども世代の目から描き、丁寧に謎解きをしていく手法が秀逸である。
八つ花ごよみ (新潮文庫)
「花」を関わらせた短編8話。いずれも主人公が壮年以上であり、それだけでも身近に感じるのは評者の年齢のせいだろう。
順不同だが、おなじみの一力節が光る話としては第3話の火消しに助けられた鮨屋親方と手に触れるとツキがよいと噂のおかみ。5話の将棋盤作りの棟梁。6話では新商売に挑戦したススキ作りと空見の奮闘がテーマだが、そこに絡むのが門前仲町の料亭江戸屋の女将秀弥とくれば言うことなし。7話では還暦の担ぎ売りの天ぷら屋女主人への老いらくの恋を影で成就させる差配と兄弟分のテキヤの元締め。8話は珍しく女性主人公で、村上水軍の血をひき因島から江戸へ出てきた煙草屋の看板娘が見初められ大名家御用達の大店に嫁ぎ隠居してからの半生記。ここでは刻み煙草「開聞誉れ」がよい小道具となっている。
犬好きの評者には「くま」や「くろ」もいい味だが、7話の猫の「まゆ」も紹介しておきたい。
さて、残りの3つの話は薬問屋当主、鳶職人、瓦版刷り屋当主のいずれも認知症、脳溢血、脳梗塞を原因とする介護の設定。それぞれ老境に入った夫婦の愛情物語なのだが、現実に抱えている老人介護の難しさが頭に浮かび、正直、辛いところがある。
次郎長 背負い富士 DVD-BOX
いい時代劇を見させてもらった。中村雅俊さん、小倉一郎さんそれに海といえば、七里ヶ浜のイメージだが、今回は江戸から明治への移行期を生き抜けた渡世人が、周囲に生かされて渡る世間という側面をドラマに描く。長五郎の少年時代を演じた小清水一輝さんは、見る人の親心を目覚めさせる好演。大政役の草刈正雄さんの姿を拝見したのは土曜ドラマ以来だが、背筋の伸びた姿は相も変わらず、いい男だ。
原作の山本一力さんの作品は読んでいないが、ドラマを見る限り、明治維新へと動く時代背景も入れながら、人と人との出会いの中に見いだす、つながりの糸や脈というものの繊細さ、さらには価値観の照らし合わせも問う映像に表現できていると思う。やや気が強うそうで幼さも残る、次郎長の最初の妻きわ役は松尾れい子さん。
次郎長は、凶状持ちとなってしまい三行半をきわに差し出し、「縁は切れても次郎長の女房はおまえ一人だぜ」の言葉を残し、無宿者となり縁あって三州に向かう。ところがどっこい、殺って川に放り込ん連中は、・・・。
清水に戻った次郎長は、きわが油問屋に嫁いだことを知り、二番目の妻お蝶と結婚した後のある日、ばったり、街できわに会う。「やっとあなたの夢を見なくなったのに」。これは、効くねえ、ご同輩!
勝ち気な役柄のお蝶役をこなすのは、田中美里さん。この俳優さんもまた、美しい。瀬戸への逃亡の旅は、暑気あたりでやつれ、荷車で子分たちに引いてもらう姿が、何とも、画面に向かって手を引いてあげたくなるほど。
米問屋甲田屋の番頭役、小倉一郎さんも「俺たちの〜」から何十年も経って、年を取ったなりにいい役柄を醸し出している。全編見ると、434分。時の流れに、一息ついてみてはいかがであろう、ご同輩。
DVD3枚セット。脚本、ジェームス三木。演出、冨澤正幸、佐藤峰世、陸田元一。主題歌:中島みゆき。
粗茶を一服―損料屋喜八郎始末控え (文春文庫)
たいていの作品は
その作品限りでは終わらない作品です。
したがって、後の物語に
つながるような形になるものがほとんどです。
そのため、最初の作品を読んでいると
違和感を感じてもやもやするかもしれません。
そこのところだけは気をつけてください。
今回のメインとなるものは
札差の大手、伊勢屋をつぶそうとする者たちの
暗躍ですね。
ひとつに関してはここで描かれますが
もうひとつは完全には姿を現さず
計略のみの描写にとどまります。
その暗躍も
喜八郎の機転により
日のあたるところへと出てきてしまいます。
まあその策略はあまりにも
お粗末過ぎていましたからね。
この作品には
こういった姦計以外の
喜八郎が何かの気配を察して
個人的に動いたものも
まぎれています。
それが最後に出てくる作品です。
本当に喜八郎は
勘の働く男です。
居合わせた男の嘘を見抜き
手配されていた男を
とっちめてしまったのですから。
1作品読みきりになっていないのが
残念なところです。