「魔王」シューベルト歌曲集
その声は4月の陽ざしにまぶしげな、青年の柔らかなうなじである。人生の哀しみはまだ知らないが、それを予感することのできる柔軟な感受性である。
その声は潔癖な青年の手首の、薄青い静脈の色である。かつてのパブリックスクールの、青年という言葉を肯定的にとらえたときの一切である。
その声は僧院の窓わくに遊ぶ、木漏れ日の光である。光であると同時に影でもある。ボストリッジの声の魅力を語ろうとすれば、どうしてもこんなふうに文学的にならざるをえない。
朗々と歌いあげるベルカントのテノールではない。ドイツリートの堅牢で陰鬱なロマンチシズムでもない。かといってカウンター・テノールの中性的な味わいともちがう。
歌手になる前はケンブリッジとオクスフォードで歴史と哲学を学んだというが、この経歴はこの声にいかにもふさわしい。明るく高貴で、傷つきやすく透明。
日本人の歌手でこんな声を聞いたことがない。そういう声がシューベルトを歌うのだから、ただ聞き惣れるのみ。「野ばら」をさらりと歌っているが、この声の「清楚さ」に、女性歌手は嫉妬するにちがいない。
ドイツ語がまったくわからなくても、甘く切ない物語をシューベルトの美しい旋律のなかに(勝手に)思い描くことができる。この声によってシューベルトを見直しました。どうぞ、同じような体験を。
全曲集 君だけを~旅はさすらい
収録曲
(1)君だけを
(2)十七才のこの胸に
(3)涙をありがとう
(4)星娘
(5)ふるさとは宗谷の果てに
(6)星のフラメンコ
(7)初恋によろしく
(8)願い星叶い星
(9)メキシコ娘
(10)潮風が吹きぬける町
(11)月のしずく
(12)真夏のあらし
(13)愛は燃えているか
(14)自由の鐘
(15)ロード・ショウ
(16)旅はさすらい
1992年日本クラウン、CRCN−40052