バッハ:フランス組曲(全曲)
「シフ プレイズバッハ」としてリリースされた録音と比較すると、
「シフプレイズバッハ」の方が、演奏が明るいです。
このCD収録のフランス組曲は、なんとなく暗い感じがします。
特に、フランス風序曲ロ短調の最後の曲(エコー)は、何か
感情をぶちつけたような演奏になっていて、何度も聞くと
なんとなくイライラしてきて、あまり好きではありません。
その点、「シフプレイズバッハ」の演奏は、明るく落ち着きがあり、
そのようなマイナスな印象がありません。
バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第1巻
現代的なバッハです。
他のピアニストの演奏に比べて、音が生きています。
他のピアニストのバッハ演奏は、堅苦しくて息がつまり、音が無味乾燥した感じになっています。
シフの演奏もバッハ的かどうかといえば、威厳や風格がなく、疑問視する方もおられると思います。
しかし、音楽として、また、バッハ演奏の一つの解釈として、最高だと思います。
(個人的には、フリードリッヒ・グルダの演奏が最も好きです。グールドは、怪奇的であまり好きではありません。)
レコード芸術 2011年 07月号 [雑誌]
いつもは、毎月、本屋の立ち読みで済ます。読む箇所はもちろん、吉田秀和の書いたものだけ。他の批評家連中にはまったく興味がない。だから、吉田氏の記事がない月のレコ芸は、私にとって価値ゼロ。そのくらい彼の文章は平易だが味わいがあるし、何といっても彼の演奏の真性を聞き分ける耳の確かさは、彼の推薦するCDを実際聴いてきた人なら誰でもわかるはず。そのくらい、みんなお世話になっているんだ。こういう人は今の日本で彼しかいない。彼ただ一人なのだ。かしら文がどうのこうのなんてのは瑣末なことだ。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 VOL.8
シフが2004年から開始したベートーヴェンのピアノソナタ全曲録音は、ほぼソナタの番号順にリリースが進行し、2007年録音の最後の3つのソナタを収録した当盤により完結した。とにかく熟慮に熟慮を重ねたシフならではの存在感のある全集となった。
シフはソナタの録音を開始する前、1996年にハイティンクとベートーヴェンのピアノ協奏曲の全集を録音したが、その折見せた研ぎ澄まされた感性と鋭敏なタッチ、音楽の断片の抽出とそれらの機知に富む連絡に私はとても感銘した。とても面白いベートーヴェンだった。またその時合わせて一曲だけ収録された熱情ソナタも同じ傾向の「面白さ」を持った知的快演だったため、このシリーズのリリースが始まったとたん「いよいよ来たな」と思った。そして新譜が出るたびに予約して購入させていただいた。
果たして、素晴らしい全曲録音となった。やはり熟考を重ねたシフならではの慎重な音楽でありながら、構造線を把握し、その中心となる部分を明瞭に提示し、かつふくよかな音楽性を湛えたものばかりだ。もちろん、聴く人によっては、ベートーヴェンのソナタはもっとすっきりとまとめた率直さが欲しいと感じるかもしれないが、それでもこのような演奏があることを良くないとは言わないと思う。
さて、それでこの最後の3曲であるが、ここでは27番以降をまとめた前作と同様、詩学的というか、透明な静謐さを湛えた演奏であると思う。例えばソナタ第32番の終楽章の終結部近く、両手で高音の微細なグラデーションを長く奏でる箇所は、私にはどこか北海道の森閑たる大地に、静かに降り注ぐ雨が針葉樹の葉を伝って落ちていくシーンを思い浮かべた。人の介在しない静物画のようであり、それでいて絶え間なく響く自然な、世界に必要な音色である。
ちょっと思い入れを書きすぎたかもしれないが、この静謐なロマン性は、シフがたどり着いたベートーヴェンの最後のソナタの神秘性や自然美に繋がっていると思う。また第31番の高貴な歌の旋律の扱いも強く印象に残った。全集の完成を静かに祝いたい気持ちになる一枚。