切腹 [DVD]
「切腹」を見たときの衝撃は凄かった。日本映画にも、こんな鬼気迫る演出をする監督がいたのだ、という驚きと、内容の特異な凄さ、シネスコサイズに拡がる白黒映像の芸術的素晴らしさに、ひたすら心を揺さぶられた。特に、靜と動の対比を明確にした映像の、見事な構図の美学!
あと忘れてならないのは、禁欲的とも言える、張りつめた緊張を持続させる映画に、さらなる緊張と不気味さを与える、現代音楽の気鋭、武満徹の音。いや、音楽ではなく、まさに奇抜な音である!
また、すぐれた脚本(橋本忍)があり、優れた役者(仲代達矢)を起用したことも成功の大きな要素であることは言うまでもない。
切腹 [DVD]
1962年当時の日本映画界の活力。それを確認することができる。何度観たことか。時代劇の範疇に入らない。脚本は橋本忍。監督は小林正樹。役者は、その後日本映画界で神として讃えられる者たち総登場。なかでも仲代達矢はこれ以上望めない演技。いや、見事。この作品を1962年に作りあげた人たちに感謝。この作品を観ないで、「時代劇」を語ることは不謹慎。
「竹光で切腹させる」
かような状況に追いやった井伊家の武士たち。
わが娘、わが孫の死。婿を竹光で切腹させた井伊家への異議申し立て。復讐するは我にあり。仲代達矢は29歳。かれの演技が輝く。この作品を早く観ていたら「時代劇」にたいする見方も変わっていたであろう。日本映画で特別扱いすべき作品。リアリズムの極致。この作品を作りあげた日本映画界に誇りを感じる。日本国民、必見の作品。
上意討ち-拝領妻始末- [DVD]
小林監督の「切腹」のサスペンス及び激烈さとはまた違う味わいのある作品。三船が、自分の人生に決定的に欠けていた「男女の愛」に打たれたことが、身勝手な「上意」へ楯突く覚悟を固めた最大の理由である、という設定が新しい。武士道とは死ぬことと見つけたり、愛の為に。こんなテーマはかつてなかった。また、ここまで自分の意志をもった人間として女性を描いた時代劇もなかった、と思う。
白と黒の配分が息を呑むほど美しく、無駄を一切殺ぎ落とした映像美は、日本映画の面目躍如というところ。
物語の進行はややゆるやかだが、キャストの演技力の良さにも助けられ、最期までしっかり見せる。笹原のシーンお見事。
非運の果て (文春文庫)
初めて読んだ滝口康彦氏の一書です(正確には出版社が新たに編んだ短編集)。(生意気を云えば)藤沢周平氏の諸作品のような洗練さや流麗さはありませんが、その比類のない重厚さと暗さ(としか云い様のないある種の情念)にただただ圧倒され、頁をめくる手が止まりませんでした。様々な葛藤に対峙し又はさせられ、「武士道」に潔く殉じ或いは翻弄されて非業の道を歩む様々な人々の物語。文句なしに星5つです。
「みなにとっては、そのおことばをうかがうことが、一生の大事でございます。いわば、女にとっての正念場でございます。すべては、それできまります。それさえうかがえば、姉の罪ほろぼしのため、あなたさまに、まことをつくすことができます・・・・・・」(45頁)
「よし、余が許す。会わせてとらせい。まさかの時は、お家が亡ぶともかまわぬ」(187頁)。
「本心をあざむいて、偽りの心に生きること。それが侍の道なのか。ふと、そう思う。本心をあざむいているのではない。それを二つない真実と信じているのだと人はいうかもしれないが、もしそうだとしたら、なんとかなしいことだろうと鶴姫は思う」(203頁)。
「討ち果たされた当座は知らず、今では、敵への憎しみにつながっているのは、父を殺された怨みではあるまい。いつ果てるともない流浪の旅、その旅路での艱難辛苦が、そのまま敵への憎しみにつながっている−そうではないのかな」(244頁)。
一篇選ぶとすれば、個人的には「その心を知らず」でしょうか。作中を貫く緊張感と張りつめた臨場感にひたすら圧倒されました。また、「青葉雨」の結末にも、きらりと光るものを感じました。
一命 (講談社文庫)
私と同じ郷里の作者と知った。
この地は今も同じ風土である。
武士道とは偽善である、そう作者は厳然と告発している、
個人的にはそう思った。
「高柳親子」
殉死、追腹を切れ、切れと親類縁者が厚かましく粘着の極まで催促する、
が、ひとたび掟が変われば手のひらを返すが如く、権力におもね怯える。
佐賀で言う葉隠武士道とはかくのごとし。
江戸期においては怯懦、偽善、或いは権力への依存、阿諛に他ならなかった。
有り体に言えば明治以降に権力側から美化、飾り立てられ、教え込まれたものかもしれない。
「謀殺」
悪役としてこの短編で取り上げられる肥前の熊、龍造寺隆信、
実は影の主人公である。
弱小国人から身を起こし名門大友家との抗争を勝ち抜いていった。
独立心にとみ、裏切り、謀殺、権謀をモットーとし、綺麗事は一切なし、
彼こそが佐賀を代表する真の武将、武人であった、
というのが作者も意図しなかったが真のオチとなってしまった。
その幸運、武運のつけは数年後沖田綴りにて精算させられたが。
最後に「一命」
この作品の舞台、江戸初期の世を鑑みれば当然といえば当然の帰結の物語である。
ようやく平和な世となったとはいえ、
主人公は戦国きっての猛将福島正則の元家臣である。
家康の旗本、関ヶ原の折の行き違いからその旗本の首を家康、井伊直政に無理やり切らせた福島正則であった。
勝ち組として我が世の春を謳歌する、本来ならば格下の井伊家の家臣らに主人公は息子を辱められ死に追いやられてしまう。
単身で当然の如く井伊家に喧嘩を売りに行く主人公。
まさに戦国期の明日の命もしれない「武者」の気骨そのものである。
もう20年早ければ、当たり前のことだ、と世の武士から褒められたことであろう。
考えようによっては異様な物語でもなんでもない潔い話。
いろいろな思いを抱かされる優れた作品集である。
映画の宣伝を兼ねたブックカバーはデザインが醜く是非止めてほしい。
これ故☆4個としました。