海路 (テーマ競作小説「死様」)
死に場所を求める男性老医師と、まだまだ生き続けなければならない40代女性のふれあいを通じて、生死観を見事にあぶり出しています。
長い小説ではありません。複雑なストーリーでもありません。むしろ話はしずかにすすんでいきます。そんな雰囲気と医師の人物像が相まって、死にゆくことと生きていくこと双方の厳しさを、静謐でありながら説得力をもって読者の胸に沁み入らせることに成功しています。
物語最後の部分。2人の海での会話に、作者の生死観が凝縮されているのではないでしょうか。この場面で僕は涙を堪えることが全くできませんでした。悲しいのではなく、怖いのでもなく。心の奥深く、自分でもわからないくらい深いところにあるヒダを、静かに揺さぶられることによって流れた涙は、不思議なことにとても温かいもののように感じました。
トライアウト
これはまぎれもない佳作である。
この作品に出会えたことに感謝したい。
この物語に登場する人々は、高校野球のスターでプロ野球選手であったり、新聞社のスポーツ記者であったりと、一見華やかな世界に身を置いているように見える。しかし、その実はシングルマザーとして仕事を抱えながら子育てしている女性であり、球団から「戦力外通告」をつきつけられ、野球を生業とすることから離れなくてはならないかもしれない瀬戸際に追い詰められている男性である。
タイトルは、戦力外通告を受けたプロ野球選手が、「俺はまだやれる」ことをアピールすることのできる「最後の見本市」である。残酷な愁嘆の場である一方で、ギリギリのところで踏みとどまれる可能性のある、希望の場でもある。
著者は、歯をくいしばり、必死で社会の中でもがきながら生きている人びとを、端正な文章で一文字一文字丁寧に綴ってゆく。そこには、著者自身の、背筋の伸びた生き方が投影されているようにも思える。それほどこの作品はリアルであり同時に読み手を強く惹きつける面白さを兼ね備えている。
主人公である女性の実家で昔働いていた、耳の聴こえない青年の姿を描写したシーンは、文学の必要性というものが現在も存在するのだとすれば、まさにそうしたものの一端を、確実に捉えていると思う。