おとうと [VHS]
1990年にテレビドラマとして放映されたもので、DVDでは発売されていないので、中古ビデオでしか観る事は出来ない。当時由貴ちゃんは24歳くらい、キムタクは19歳位だが幼く見える。内容はこれといって特筆するものではない。由貴ちゃんのファンなら楽しめると思うが。
おとうと [DVD]
カラー作品をモノクロの照明技術で撮り、現像の途中で発色を止める、という特殊なテクニックでプリントされた実に独特の雰囲気を持った作品です。
技術的なことはともかく、(年齢的にちょっと無理があったとは言え)岸恵子さんが泣いたり笑ったり怒ったり飛んだり跳ねたり、と、最高に光っています。ファンキーな着物の柄もなかなかグッド。 川口浩の首をしめながら“弟野郎の分際で姉ちゃんに向かって、これでもかー、これでもか!”という台詞もスゴいやらカワイイやらー。 子供に対して逃げ腰の両親(それがなぜなのかは語られていませんが)に、なんとか振り向いてもらいたくてぐれていく弟を、ただ一人全身でもって受け止めていく姉。 結果的に、バラバラだった家族の絆を再び結びつけたのはいまわの際にあるこの弟であり、その弟を実質育てたのはこの姉でした。 そして寂しい姉もまた、この弟を心のよりどころにしていたことは間違いありません。 ただそのことは、お涙頂戴の大芝居では語られていません。 思うにこの姉のような人こそ本当に強い人間と呼べるのではないでしょうか? 観客に違和感を抱かせることなく、こういう人間を自然に描けるかどうかがこの作品の成功の鍵だと思うのですが、脚本、演出、演技、見事に成功していると思います。
海外では時々、これや小津の“晩春”を、近親相姦の匂いがする、とクサする批評家もいるそうですが“それが何かいけないことなの?”と言い返してやりたくなるくらい見事に人間が描かれていると思います。やっぱりこれってまがうことなき名作だと思います。
台所のおと (講談社文庫)
幸田文さんの作品は、凛とした文章と相まって、読んでいて姿勢を正したくなるものが多いのですが、その中でもこちらの作品集の標題作「台所のおと」は格別です。
背筋が自然と伸びます。
疲れてどうでもよいやと思ってるときの雑な包丁の扱いに、
いらいらしているときの八つ当たりのようなガツガツした切り方に、
ふと気づいた時、「台所の音」の一節を思い出し自分が恥ずかしくなった事が何度あったことか。
そういう時は、姿勢を正し、作品の教えに寄り添うように、丁寧に丁寧に作業をするのでうsが、そうしていくうちに、自分自身が立ち直るのを感じてほっとするのです。
自分だけかと思っていたのですが、友人達にも多数、同じ経験をしている人がいました。
それだけ彼女の作品は読み手の生活に直接訴えかけるものがあるのだと思います。
そしてそれは彼女の作品が、例えば、台所の音、ぞうきんのかけ方(「父・こんなこと」参照)、外の景色の移り変わりをきちんと感じ取ること(「流れる」など)、着物の選び方(「着物」など)など、
そういった一つ一つの日常茶飯事を丁寧に見つめ、身体にしっかり身につけてきた中で生まれてきた物だからだと思います。
だから凛とした彼女自身の背中を見つめるような気分になって、「私もきちんとしなきゃ」と思えるのだと思います。
また、彼女のそういった視線は人の心の機微にも同じように注がれています。だからちょっとしたエピソードがとても心に響く。
その点では、この作品集所収のものでは「濃紺」という作品がお気に入りです。
そうそうある友人は「生活がおろそかになっているなと思ったら幸田文を読むのが一番効く」と言っていました。
素晴らしい作品はたくさんあるけれど、読み手の生活を変えちゃうっていうのは文さんの作品ならではだと思います。
1990年にテレビドラマとして放映されたもので、DVDでは発売されていないので、中古ビデオでしか観る事は出来ない。当時由貴ちゃんは24歳くらい、キムタクは19歳位だが幼く見える。内容はこれといって特筆するものではない。由貴ちゃんのファンなら楽しめると思うが。
幸田文しつけ帖
幸田文さん青木玉さんのファンで、二人の著作を本屋さんで見かけるといつも購入しています。
父露伴のしつけの章は初めてではなく、既に彼女の別の作品で読んだことがありますが、これ以外のものを眼にするのは初めてです。
このように、あちらこちらに書かれた作品を一つのテーマにおいて一冊の本にまとめているのはいいですね。時代が違っても割合普遍性があって身近な話題でもあり、とても楽しく読めました。女性雑誌の中で人生相談のようなことを受け持っていたのは、意外だったしけっこう面白かったです。
ほかのものでも、幸田文という人の率直な性格とか闊達さとか気さくさ、ユーモアなんかも窺えると思います。どこか、江戸っ子気質も窺えるような気がします。そして、こちらも不思議と闊達に笑ったりができるし、なんだか元気が出てくる気がします。
また、幸田文程の人でも色々な失敗をしてきたんだなと、どこかほっとします(笑)。尤もちゃんと学ぶ人だったんでしょうけれど・・・。
しつけというと何か大げさなものを想像してしまいますが、改めて家庭教育というか家庭での教えの大事さを再認識させられますね。
このごろ、日本人のコミュニケーション能力とか生活全般に関わってくるような常識とかが崩れていっているようで、色々なところでトラブルが起こったり、子供同士から大人にいたるまで、付き合い方とかがおかしくなって事件にまで発展してしまうのを思うにつけても、昔はあったであろう、家で教えられる生活の知恵とか作者が言うような本人の性格の弱点を救う教えみたいなのが、改めて大事なんだなぁと考えさせられます。
また、彼女の生活を楽しむ心もいいですね。
娘さんの青木玉さんの結婚式のときの言葉がいいです。楽しくしている母さんを見ていきたい・・・とってもじぃんときます。
我々もまた、楽しくしている姿を愛する者たちに見せられるよう、また彼らに楽しくしてもらえるよう、過ごしたいと思いました。